【C芽】ひとこと科学98「森鴎外は何を間違えたのか?」
- 2024.05.08
- まなサポブログ
みなさん、こんにちは。
あっという間にGWも終わってしまいました。GWの次は夏休み!
夏休みの「なんでなんで計画」も立てていきましょう。
それでは、今回も加藤先生の記事です。
「自由な思考」、それはどういうときに発揮できると思いますか?
今回の記事は、そんなことを考えさせてくれる気がします。
日々の様々なことに「なんでなんで」を感じて見つけて、考えて、調べて、答えを発見して、それを立証する、
「問を立てる→思考する→発見する→エビデンスを取る」
この循環を「ひとこと科学」の記事を使って、「自由な思考」をもとに、ぜひ実践してくださいね^^
★今回の投稿★
〈タイトル〉
「森鴎外は何を間違えたのか?」
〈本文〉
「脚気」という言葉が終始声高に舞台上を飛び交った。
3月31日に劇を見た。
それは、食物が原因であることが未解明だった時代の世界的な病気の一つであり、特に日露戦争期の日本軍人に大きな被害をもたらした「脚気」の原因をめぐる劇だった。
当時、海軍医の高木兼寛と陸軍医の森林太郎(文学者としては鴎外)との学問的および組織的な争いがあった。
歴史的に感染症対策など病気の解決が遅れるのは、日本ばかりではなく、学問研究の難しさ以上に、権威主義・縦割り官僚主義が影響する。
森鴎外のこの脚気対応への頑迷な主張が陸軍兵士の脚気による死者の激増(日露戦争で2万人の陸軍の脚気死に対して、白米を麦に変えた海軍はゼロ)の原因になった。
鴎外は、当時の医学の先端地ドイツで、最先端の細菌学免疫学を学んで来た。
語学に長けていた彼は知識こそ広く吸収してきたが、現場を重視する疫学的な考えが乏しかったように見える。
世界的な細菌学者であるドイツのコッホが唱えていた病原体同定のための「コッホの3原則」を知ってはいたはずなのに、現場や事実を謙虚に観察して重視するという科学の基本を学んでいなかったのではないか?
一方の高木は、イギリスへ留学して、現場重視の伝統を学び、疫学的感覚が優れていたように見受けられる。
高木のデータを否定しまくる頑迷な鴎外は、自分が背負っている陸軍やドイツ医学や帝大医学部などの権威性に押しつぶされて、自由な思考が出来なくなっていたのだろうか?
皆さんはどう思いますか?
のちに鈴木梅太郎によってオリザニン(ビタミンB1)の不足が原因である事が分かった。(2024.4.8.)
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【投稿者:加藤茂孝先生プロフィール】
1942年生まれ・東京大学出身・理学博士
国立感染症研究所室長、日本ワクチン学会理事、米国疾病対策センター(CDC)客員研究員などを歴任
【「ひとこと科学」について】
専門家の方など専門分野に携わる方の「言葉」を子どもたちや市民に届けていく取り組み。
科学者の先生方や科学技術の実務の現場の方、科学コミュニケーションの活動をされている方などの「言葉」を発信中。
https://blog.manabinomake.net/?p=822
*参考:「市民と科学者のトークグループ CAS talk」について
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